2022年10月21日~24日 九5周年記念個展「MUGEN∞」を開催いたしました。
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髄膜炎で入院した日にとんでもないニュースが!

【ジャンボ機墜落から36年】
毎日思い出される出来事
1985年8月12日
ジャンボ機が墜落して524名の内520名が死亡
4名のみ生存のニュースを聞いたのは病院でしたびっくり
私が丁度30歳の夏
昔の私は相当のワーカーホリックで
何もしない事が犯罪のように悪いことだと思い
5分刻みに予定をいれていて
家事も育児も仕事も完璧を目指して動いていたので
当然の様に強制終了がかかり💦
突然の入院
病気や事故に遭うのは日常茶飯事ショボーン
パターン化されていました
(数秘を学んでからは凄く理解できます爆笑
入院でまだ小さかった九🧔‍♂️を預ける事になりました
緊急入院だったのですが
広島の母に急いで来てもらい
荷物を6歳の姉に準備してもらって電車で広島へ
まだ2歳8ヶ月の九🧔‍♂️
しかも私と離れるのが人生初😵
姉と4歳違いで…
姉は1年生になって初めての夏休み
お姉ちゃんを頼りにして
ずっと服を握り締めて
電車の中で大声で『お母さん〜‼️』って
泣いていたそうでえーん
不安ですよね💦
初めて母親と離れて
どこに連れて行かれるのかわからないんですからえーん
泣きすぎて何度も嘔吐したらしく🤮
母と姉で嘔吐したのを片付けたりして💦
何時間かしてやっとの事で広島まで行きました
当時はまだしまなみ街道の橋もなく
船で尾道から因島に渡ってるはずショボーン
結局8月末の退院まで約20日近く離れ離れ😭
その間母親や私の妹達、九の姉が親代わりに照れ
海水浴にも連れて行ってもらって笑顔が‼️
私も心配で心配で仕方なかったですショボーン
入院中のベッドで聞いたニュース‼️
何が起きたのか理解出来ないくらいの出来事でしたガーン
私にとってこの日の出来事は
髄膜炎での入院と被って毎年思い出されます💦
今日たまたま上がってきたブログ
坂本九さんの奥様のブログ
当時は見てるのも本当につらくて😭
坂本九さんを亡くしたご家族
《奥様のブログ》
明石家さんまさんや稲川淳二さんも
乗る予定だった飛行機✈️
たまたま具合が悪くなって乗らなかった稲川さん
仕事が早く終わって便を変更したさんまさん
命拾いしたさんまさんは
『生きているだけで丸儲け』と言う事で
娘さんのお名前がIMARUさんにされたとか⁉️
《ネットからお借りしました》

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